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峠データベース・詳細表示

峠No. 1951
峠名 大峠
読み おおとうげ
行政区 山形県米沢市入田沢〜福島県喜多方市岩月町入田付
東経 139 度 59 分 8.000 秒 / 139.9855556
北緯 37 度 45 分 38.000 秒 / 37.76055556
標高 1177
図版番号 NJ-53-73-2-1
2.5万図 飯森山(南東)
5万図 熱塩
20万図 新潟
道路種別 国道121号
タグ 分水嶺
出典 地形図(1/5万 H1修正図),会津の峠(上)
航空写真 CTO-76-26-C13A-14 / CTO-76-23-C13-2†, 3 / CTO-76-23-C14-1, 2, 3 / CTO-76-24-C3B-45 / CTO-76-24-C4C-19, 20†, 21 / CTO-76-24-C5C-18 / CTO-76-24-C11-7, 8, 9
地形図 国土地理院地形図閲覧システム
東経139度59分8秒, 北緯37度45分38秒
Mapion Mapion地図
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■峠の概略

喜多方市と山形県米沢市との境にある国道121号のトンネル。
天正のころ、伊達政宗が関柴(現在の喜多方市北東にあたる)の地頭・松本備中と謀り、会津侵攻のために開いたのが始まりとされる。その時は会津方の根小屋から東へ向かい、中小屋、小峠を経て峠に至るルートであった(この道は地形図にも記載されている)。結局はこの峠越えの侵攻に失敗し、すぐに見捨てられてしまった。とはいえ江戸時代には、寛永四年(一六二七)に会津領主の加藤氏が往来を禁止しており、米沢街道の間道として使われていたと考えられる。
明治中ごろに三島道庸が福島県令に就任すると、会津三方道路の一つとして車道建設がはじまる。このあたりの歴史は関連リンクを参照。(「会津の峠」)

■走行記録


西米沢駅から峠まで30km、ひたすら走った。国道121号の普洞沢2号橋の手前で旧国道に入る(ここから峠まで11km)。一部、落石のある箇所もあったが、舗装路なので順調に登る。大峠トンネルの約1km手前からダート。やや崩れているところもあり、0.2kmほど押す。西米沢駅から3hr弱で大峠トンネルに到着。トンネル付近には、

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