■峠の概略
横向温泉と鷲倉温泉を結んだ峠。詳細不明。旧土湯峠と国道土湯峠の間か?
「会津の峠」では新編会津風土記と東鑑を引用してこの峠を紹介。
「村の東北三里二〇町余りの所に在って福島に通じている。幕領信夫郡と頂が境となっている。鳥取越というのはここから北に通じている古い道である」(新編会津風土記)
「文治五年(一一八五)小山七郎朝光等、安藤次を以て山案内者となし、伊達郡藤田宿より会津の方に向う、土湯の嵩鳥取越等を越す」(東鑑)
正確な位置は不明だが、地形図では横向温泉から北へ向かう点線道があり、出典の地図でもこれに相当する道が太線で描かれている(上記データもこの点線道のピークを採った)。ただしこの道は昭和二十年頃に横向温泉から鷲倉温泉へ抜ける道であり、あくまでも「鳥取越でなかったかと想像される」としている。(「会津の峠」)