《 | 》
| 検索 | 詳細表示 | 編集(コメント | データ | ルート) | 設定 | 統計 | 使い方 |

峠データベース・詳細表示

峠No. 3011
峠名 箱根峠
読み はこねとうげ
行政区 神奈川県足柄下郡箱根町箱根〜静岡県三島市/田方郡函南町桑原
東経 139 度 0 分 50.000 秒 / 139.0141
北緯 35 度 10 分 56.000 秒 / 35.182312
標高 845
図版番号 NI-53-77-13-4
2.5万図 箱根(南西)
5万図 小田原
20万図 横須賀
道路種別 国道1号
タグ
出典 地形図,峠の道路史
航空写真 CCB-76-19-C11-17†, 18 / CCB-83-1-C15A-13, 14†, 15 / CCB-83-1-C15B-1, 2, 3 / CCB-83-1-C16-13, 14 / CKT-77-2-C16-3, 4 / CKT-77-2-C17-4†, 5 / CKT-88-3-C32-3, 4, 5 / CKT-88-3-C33-3, 4†, 5
地形図 国土地理院地形図閲覧システム
東経139度0分50秒, 北緯35度10分56秒
Mapion Mapion地図
Maintained by
 

■峠の概要

 古代東山道は足柄峠経由あるいは乙女峠経由の道であった。延暦21年(804)の富士山噴火により足柄峠越えが埋没し、通行不能になったのを受けて箱根峠越えの道が開かれたとされる。

 江戸時代になると湯本から三島に至る道が整備され、それまで尾根伝いの道だった「湯坂道」を須雲川沿いに畑宿経由で二子山の南麓を登るルート(箱根旧街道)に変更された。
 明治に入ると車両交通のための道整備が始められ、20年頃には現在の国道1号の基礎となる塔の沢〓宮の下間の私道、明治37年の宮の下〓小涌谷、芦の湯〓箱根町間の道路整備がなされている。大正年間には箱根峠を中心とする 江戸時代になると湯本から三島に至る道が整備され、それまで尾根伝いの道だった「湯坂道」を須雲川沿いに畑宿経由で二子山の南麓を登るルート(箱根旧街道)に変更された。
 明治に入ると車両交通のための道整備が始められ、20年頃には現在の国道1号の基礎となる塔の沢〓宮の下間の私道、明治37年の宮の下〓小涌谷、芦の湯〓箱根町間の道路整備がなされている。大正年間には箱根峠を中心とする道路の改 3.1km28

pdbq