野根山街道の東端の峠。街道はこの周辺で何度か大きなルート変更があったらしく、その三代目として開かれた尾根道がこの峠から東へ下ったようだ。東側(東洋町側)には「左手ヶ坂」と呼ばれる急坂の難所があり、殿様のカゴの担ぎ手は前後にかつぐことができないため、横に担いで登った。片方は右肩、もう一方は左肩に担ぐことになるわけだ。担ぎ手として使役した野根郷の村人は、この時のために日頃からモノを左に担いで左肩を鍛えていたとも伝えられている。(以上「土佐の峠風土記」より)